ひかり園に入って
常富芳香
私がひかり園に入ったのは昭和四十四年四月九日でした。その時私は人をいじめたりけんかをしないでなかよくしていました。私がひかり園にはいってみると皆で仕事をしていました。その時一号で仕事をしていました。「常富さん仕事をしている所を見てみなさい」としょくいんさんにいわれたので、何の仕事をしているのか見てみてまわりよったら、しょくいんさんが「常富さん何の仕事をするかね」といわれたので私は「ししゅうがしたい」といってししゅうの仕事をすることにしました。始めてししゅうをするのでしょくいんさんにおしえてもらいました。その時はなかなかおぼえにくかったですが、ならっていたらおぼえだしてきました。
「常富さん手伝いをして下さい」と私にたのまれる人がありました。まだひかり園に入ったばかりなので手伝いはどんなことをするかわからないのでまだ手伝いはしていませんでした。「ちょいと常富さんきてみなさい」と言われたのでしょくどうに行きました。こっぷをならべたりする手伝いでした。それでわかったので私は手伝いをしてあげていました。だんだんなれてきたので手伝いを始めました。私が手伝いをしていたら「常富さんはよく手伝いをしますね」と言われたので私はびっくりしました。私が始めて自分でふとんをほしていたら部屋の人が「常富さんがふとんを干し終わったらふとんをほしてちょうだい」といわれました。そして私は「はい」とへんじをしてあげました。ひかり園にはいったため芳香がいなくなったのでさびしくなってきたと親から手紙がきました。そして私はすぐ親に手紙をだしてあげました。その時は私もさびしいような気がしました。友だちがいないからです。私がテレビを見に行こうと思ったら「常富さん仲良くしますから、友だちになって下さい」といわれたので私はとうとう友だちができましたので、さびしくなくなってきました。それからまた「常富さんはどこからきたのですかね」という人もありました。それは車椅子の人でした。私は「山口県大島郡東和町地家室からきたのですよ」と話しをしてあげました。そして「常富さんよろしくなかよくしましょうね」といわれたので「はい」と返事をしてあげました。そしてひかり園にいる間、人をおこらしたりしないので「常富さんはやさしい人ですね」といわれたのです。又、「常富さん」とよびだす人がいるので私はなんだろうと思ったら「常富さんつぎ物をぬって下さい」といわれたので私はびっくりしました。そして私はつぎ物をぬってあげました。そしたらまた「常富さん友だちになって下さい」といわれたので、又、友だちができました。
始めの時から私は毎日へやのそうじをしてあげていました。私が手伝いをしょうと思ったら「常富さん少しぐらい遊びましょうね」と言われたので「少しぐらいならいいですよ」といってからまた私は手伝いを始め終わってから遊びました。その人は私の友だちです。
手伝いはへやをきれいにするためにしていたので、そしてふくをきちんとかたづける手伝いもありました。そして、私はへやがよごれていたらちゃんとそうじをしていたのです。私が家にいる時もきれいにかたづけをしていました。そして手伝いもしてあげていました。私が毎日家にいる間は毎日いそがしかったです。ひかり園に入ったのだから私は仕事をしたり手伝いをしたりしなくてはいけないのです。そしたら「常富さんは自分のことができていいですね」と人がいっていました。しょくいんさんも私が自分のこともなんでもできるからびっくりしたでしょうね。ほかの人が「常富さんぼたんをつけてちょうだい」と言われたのです。私はすぐにぼたんをつけてあげました。「どうもありがとう」といいました。
広島ひかり園文集「葦」より